
教科書の文字を目で追うと、行が飛んでしまう。文字を音に変えるのに時間がかかり、読み終わるころには内容が頭に残っていない。黒板や教科書の書き写しに追われて、考える時間がなくなる。読み書きに困難のある子は、通常の学級にもいます。デジタル教科書には、文章を読み上げる、語のまとまりごとに区切って表示する、文字や背景の色を変えるといった支援の機能があります。では、こうした機能は、本当に必要な子に届き、役に立っているのでしょうか。2026年9月、光村図書出版と筑波大学が、この問いを子供本人に聞いて確かめる共同研究を始めました。本コラムでは、この研究の内容を入り口に、読み書きの困難とデジタル教科書の支援機能、必要な子に届きにくい理由、教材をつくる側の論点を整理します。
この記事の要点
- 2026年9月1日、光村図書出版と筑波大学の丹治敬之准教授が、デジタル教科書の支援機能が読み書きや理解に困難のある子をどう支えているかを、子供本人と教員へのアンケートとインタビューで確かめる共同研究を始めた
- 文部科学省の令和4年の調査では、通常の学級の小中学生のうち「読む」又は「書く」に著しい困難を示す子は推定3.5%で、35人の学級なら1人ほどにあたる。ただし担任などの回答にもとづく推定値である
- 音声読み上げ、分かち書き、文字や行間の調整、背景色の変更、総ルビ、本文の抜き出しなど、困りごとごとに支えになる機能は違い、どの機能がどの子に効くかの知見はまだ少ない
- 学習者用を使うかどうかが自治体や教員の判断に左右され、必要な子に届きにくい。教材をつくる側には、本文をテキストデータで持つことや、書き写しを前提にしない課題設計が求められる
何が始まったのか

2026年9月1日、光村図書出版と、特別支援教育を専門とする筑波大学人間系の丹治敬之准教授が、デジタル教科書の支援機能に関する共同研究を始めると発表しました。光村図書は2005年に国語の指導者用デジタル教科書を発行し、2017年には学習者用を発売するなど、デジタル教科書の支援機能を早くから開発してきた教科書発行者です。読むこと、書くこと、理解することに困難のある子は周囲に気づかれにくく、必要な支援につながりにくい一方で、どの機能がどの子にどう役立つかについての知見はまだ十分ではない、というのが研究の出発点です。
方法は、デジタル教科書を使っている教員と子供へのアンケートとインタビューです。教員の実感と子供自身の受け止めを合わせて分析し、支援機能の有効性と課題を明らかにします。成果は報告書、学会発表、論文として公表し、教員や保護者が日々の支援に使いやすい形にまとめて発信する予定とされています。
子供本人に聞くという設計
報道によると、調査の対象は、通常の学級で国語の学習者用デジタル教科書を使っている小学3〜6年生です。1・2年生は質問に答えるのが難しいため対象から外しました。デジタル教科書を使っている自治体に協力を依頼し、全国から回答を集める方針で、将来は特別支援学級や中学校、英語への展開も視野に入れているといいます。
この研究で注目したいのは、子供本人の声を軸にしている点です。読み書きの困難は、教員の見立てだけではつかみきれません。本人がどの機能を使い、どれが役に立ったと感じているかを、教員の見方と突き合わせることで、これまで見えにくかった実態に近づこうとしています。
読み書きに困難のある子は、どのくらいいるのか

文部科学省が2022年12月に公表した「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」では、通常の学級の小中学生のうち、学習面で著しい困難を示す子は推定6.5%でした。このうち「読む」又は「書く」に著しい困難を示す子は推定3.5%です。計算上は、35人の学級に1人ほどいることになります。高校では、「読む」又は「書く」で推定0.6%でした。
ただし、この数字の読み方には注意が必要です。調査は学級担任などの回答にもとづく推定で、医師の診断や専門家の判断によるものではありません。文部科学省も、発達障害のある子の割合ではなく、特別な教育的支援を必要とする子の割合として読むよう注意を促しています。また「読む」又は「書く」の3.5%には、書くことだけに困難がある子も含まれます。
周囲にも本人にも気づかれにくい
読み書きの困難は、話す力や考える力とは別に現れることがあります。話を聞けば理解できるのに、文字を読むことだけが極端に苦手な子もいます。そのため「努力が足りない」「集中していない」と受け取られ、困難として気づかれないまま過ぎてしまうことがあります。本人も、ほかの人がどう読めているのかを知らないので、自分が困っていると気づかないことがあります。教員の見立てにも幅があり、担任の回答にもとづく調査だけでは実態をつかみきれないことが、子供本人に聞く研究が必要とされる理由の一つです。
必要な子の数と、実際に音声教材などの支援を受けている子の数の開きについては、「デジタル教科書に字幕・速度調整が「標準装備」へ」で詳しく紹介しています。
困りごとごとに、支えになる機能は違う

デジタル教科書の支援機能は、困りごとによって効くものが違います。主な例は次のとおりです。どの機能がどの子に本当に役立つかは、まさに今回の研究で確かめようとしている点であり、ここに挙げるのは代表的な組み合わせです。
- 文字を音にするのに時間がかかる:音声読み上げで、耳から内容を受け取ります。
- 語のまとまりがつかみにくい:分かち書きで、単語や文節の区切りを見えるようにします。
- 文字が詰まって見える、行を飛ばしてしまう:文字の大きさや行間を変え、画面の幅に合わせて文章を流し込むリフロー表示で読みやすくします。
- 白い背景がまぶしい、文字がにじんで見える:背景色や文字色を変えます。
- 漢字が読めない:すべての漢字に振り仮名を付ける総ルビを使います。
- 書き写しが負担になる:本文や挿絵を抜き出して手元に集め、書き写さずに整理できるようにします。
音声読み上げは「どこを読んでいるか」が分かることが大切

読み上げの機能は、ただ音声を流すだけでは十分ではありません。いま読んでいるのがどの文かが分からないと、音声と文字が結びつかず、途中で迷ってしまいます。報道によると、光村図書のデジタル教科書では、読み上げに合わせて一文ずつ強調表示し、強調する位置を自分で動かせるようにしています。国語の本文は人の声で、それ以外は機械の音声で読み上げるといいます。耳で聞きながら目で文字を追えることが、読みの練習にもつながります。
分かち書きとリフローで、文字のまとまりを見えるようにする

日本語の文章は単語の間に空白がないため、どこで区切って読めばよいかが分かりにくい子がいます。分かち書きは、文節ごとに空白を入れて、まとまりを目で見えるようにする表示です。低学年の教科書が分かち書きで書かれているのと同じ考え方で、学年が上がっても必要な子は使い続けられます。リフロー表示と組み合わせると、文字を大きくしても文章が画面からはみ出さず、縦書きと横書きを切り替えることもできます。
書き写しの負担を減らす
読むことに加えて、書くことに困難のある子には、書き写しそのものが大きな負担です。本文の言葉や挿絵を抜き出してカードのように並べ、整理したり考えをまとめたりできる機能があれば、書き写しに使っていた時間と力を、考えることに回せます。手で書く練習が必要な場面と、内容を考えることが目的の場面を分けて考えることが大切です。
なぜ、必要な子に届きにくいのか

学習者用を使うかどうかは、自治体や学校しだい
デジタル教科書には、教員が電子黒板などで見せる指導者用と、子供が自分の端末で使う学習者用があります。支援機能を子供が自分で使えるのは学習者用です。これまで国費で提供されてきた学習者用デジタル教科書は、小学5年生から中学3年生の英語と算数・数学が中心でした。そのほかの教科の学習者用を使うかどうかは、自治体や学校、教員の判断に左右されます。報道によると、指導者用は広がっている一方で学習者用の導入は進んでおらず、必要な子に届かない場合があると指摘されています。
使い方を知る機会が少ない
機能が入っていても、子供や教員がその存在や使い方を知らなければ使われません。読み上げや背景色の変更は、ほかの子と違う画面になることに抵抗を感じる子もいます。誰でも気軽に試せる雰囲気と、機能を紹介する時間があってはじめて、必要な子が自分に合う機能を見つけられます。
本人が気づかない、言い出せない
前の節で触れたとおり、読み書きの困難は本人にも周囲にも気づかれにくいものです。診断や申請を待ってから支援を始める仕組みでは、気づかれないまま困っている子に届きません。全員の手元に機能があり、まず試せることが、気づきのきっかけにもなります。
2030年度に向けて

2026年6月10日、デジタルな形態を含むものを正式な教科書と位置づける「学校教育法等の一部を改正する法律」が成立し、2027年4月1日に施行されます。次の学習指導要領の実施に合わせて、新しい教科書は小学校で2030年度、中学校で2031年度から使われる見込みです。デジタル教科書が「代わりに使える教材」から「教科書そのもの」になれば、支援機能を必要な子に届ける仕組みも変わっていくはずです。デジタル教科書の動画や音声に字幕と速度調整を標準で備える方針も、2026年8月に示されています。
今回の共同研究の成果は、どの機能を強化し、どう紹介すれば必要な子に届くかを考える材料になります。教員や保護者、教育委員会が導入を検討するときの判断材料としても期待されています。
教材をつくる側の論点

デジタル教科書に限らず、塾や学校向けのデジタル教材、問題集のデジタル版でも、同じ支援機能が求められるようになります。教材をつくる側が押さえておきたい点を4つ挙げます。
1. 本文をテキストデータで持つ
文字を画像として貼り付けた教材は、読み上げも、リフローも、文字の大きさや色の変更もできません。本文や問題文、図の説明は、テキストデータとして持つことが支援機能の前提です。紙の版下をそのまま画像にしたデジタル版では、どれほど便利なビューアでも支援機能は働きません。
2. 読み上げ順・ルビ・文節の区切りをデータで持つ
読み上げの順序がおかしい、ルビが正しく読み上げられない、分かち書きが不自然な位置で切れる。こうした問題の多くは、見た目の調整では直りません。読み上げの順序、ルビ、文節の区切りを、制作の段階でデータとして整えておく必要があります。教材全体のアクセシビリティの考え方は「だれもが使えるデジタル教材のつくり方」で解説しています。
3. 書き写しを前提にしない課題設計
「本文から抜き出して書きなさい」という課題は、書くことに困難のある子にとっては、内容の理解とは別のところでつまずく原因になります。手で書く力を育てる課題と、内容を考える課題を分け、後者では抜き出しや選択で答えられる形も用意しておくと、測りたい力を正しく測れます。
4. 子供の声で確かめる
今回の研究が子供本人に聞くことを軸にしているように、支援機能が役に立つかどうかは、使う子に聞いてみないと分かりません。制作の途中で実際に子供に使ってもらい、どの機能をどう使ったかを確かめることが、使われる教材への近道です。
よくある質問(FAQ)
読み書きに困難のある子は、どのくらいいますか?
文部科学省の令和4年の調査では、通常の学級の小中学生のうち「読む」又は「書く」に著しい困難を示す子は推定3.5%でした。35人の学級なら1人ほどにあたります。ただし学級担任などの回答にもとづく推定値で、書くことだけに困難がある子も含みます。
デジタル教科書の支援機能には、どんなものがありますか?
音声読み上げ、分かち書き、文字の大きさや行間の調整、リフロー表示、背景色や文字色の変更、総ルビなどがあります。本文や挿絵を抜き出して整理し、書き写しの負担を減らす機能を備えたものもあります。
支援機能は、困難のある子だけが使うものですか?
そうではありません。読み上げや文字の拡大は、誰でも使えます。全員が自由に試せるようにしておくことが、困難のある子が抵抗なく使えることにもつながり、本人が自分の困難に気づくきっかけにもなります。
共同研究の結果はいつ分かりますか?
研究は2026年9月に始まったばかりで、成果の公表時期は示されていません。報告書や学会発表、論文として公表し、教員や保護者が使いやすい形でも発信する予定とされています。
紙の教材では、どんな配慮ができますか?
文字の大きさや行間、書体、ルビの付け方を工夫できます。書き写しを前提にしない課題設計も、紙とデジタルに共通する配慮です。そのうえで、音声読み上げなど紙では難しい支援は、デジタル版と組み合わせて補うことが考えられます。
まとめ
読み書きに困難のある子は通常の学級にもいて、文部科学省の調査では小中学生の推定3.5%にのぼります。デジタル教科書には、音声読み上げ、分かち書き、文字や色の調整、総ルビ、本文の抜き出しなど、困りごとごとに支えになる機能があります。一方で、どの機能がどの子に役立つかの知見はまだ少なく、学習者用を使うかどうかが自治体や学校の判断に左右されるため、必要な子に届かない場合もあります。2026年9月に光村図書と筑波大学が始めた共同研究は、子供本人の声からこの問いに答えようとしています。
教材をつくる側にできることは、本文をテキストデータで持ち、読み上げやルビのデータを整え、書き写しを前提にしない課題を設計し、子供の声で確かめることです。支援機能が働く教材を最初から設計することが、2030年度のデジタル教科書の本格導入に向けて、ますます大切になっています。
エデュコンは、デジタル教材制作で読み上げやルビに対応したデジタル教材を、教材制作で紙とデジタルの両方を見すえた教材の企画・編集を承っています。支援機能を生かせる教材の設計について、お気軽にご相談ください。
本記事は、光村図書出版のプレスリリース「光村図書×筑波大学、デジタル教科書の支援機能に関する共同研究を開始」(2026年9月1日)と関連の報道、文部科学省「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について」(令和4年12月)をもとに、エデュコン編集部がまとめたものです。
この記事を書いた人 / 監修
エデュコン教材制作チーム
創業以来、500社以上の教育機関様の教材制作を支援。
教育・IT・編集のプロフェッショナルが集まる専門チームが記事を監修しています。
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